わが北鎌尾根、剱岳よ おちこちの山   楽山社

第1部 北鎌讃歌

   北鎌尾根への近道「トシコ沢」
   −−”貧乏沢”ではあまりに可哀想
                        坪山 淑子


  遠すぎる高瀬川遡行ルート

 播隆上人の開山以来、槍ガ岳は多くの人々の心を魅了しつづけ
て来ました。
 今また、槍の北鎌尾根は私の琴線を妖しくかき鳴らしています。
 この北鎌尾根には、七倉から湯俣を経由して北鎌沢を登るルート
が一般的ですが、このルートには幾つかの難点があります。
 まず、アプローチが長すぎること。高瀬川沿いに湯俣まで歩くの
は、いい加減嫌気がさしてきます。
 第二には、先天出合い上部の吊橋がすでに落ちてしまい、こごえ
る様な渡渉を余儀なくされていること。

 第三には、谷間に渡してある丸太が、中央部で折れ曲り、時を経
ずして落ちてしまいそうな状態であること。
 加うるに、水俣川に架かる唯一の吊橋さえ、(写真のように)今ま
さにくずれ落ちんとしています。
 これら数々の憂慮すべき事態なので、早急に復旧作業が望まれま
す。しかし、その計画があるのやら、ないのやら・・・・。北鎌を愛す
る者として、手をこまねいていて良いはずがありません。
 地図を広げていただくとお分かりですが、北鎌へのルートが七倉
からしか入れないのでは、何とも寂しい限りです。
 大天井から西岳−槍へと向う表銀座縦走ルート中に、天上沢に流
れ込む貧乏沢の源頭があります。大天井ヒュッテからものの二十分
も歩いた辺りです。
 この沢を下れば、七倉から入るより短時間で北鎌沢出合まで行け
そうでした。
 さて、必要は発見に通ずで「かつてボッカ道があったが今では廃
道」の由を聴き込んだ私は、意を決して一昨年、この沢を下ってみ
ました。

 案の定、沢は荒れ放題でしたが、下れない事はありませんでした。
しかし、この年は、雨天で時間を食われ、北鎌尾根ルートをあきら
めて、天上沢を直登、水俣乗越から槍へと切り換えました。
 昨年初夏、ゆえあって今度は天上沢からこの貧乏沢を登りつめて
みました。
 沢筋は幾つかの支流に分れ、崖に行く手をはばまれる等、ルート
探しにも随分と苦労をしました。
 そこで、私は一念発起して、昨年九月中旬、あの台風十八号が来
ているさ中、この沢を北鎌尾根への導入口とすべく、ルート作りに
入山しました。

  「トシコ沢ルート」開拓

 そして、沢の要所要所に赤い布を付けて来ました。もう登り下り
で道に迷う事はありません。
 ここで、大天井から貧乏沢経由−天上沢までのルートについて、
簡単に説明させていただきます。


 まず、大天井ヒュッテから西岳方向に、表銀座コースを約二十分
行くと、道の右手に赤ペンキ付きケルンがあります。
 ここを右手(天上沢側)藪の中に分け入ってみると、すぐに明る
く開けた小さな広場に出ます。
 正面には北鎌尾根が黒々と連なり、眼下にはハイマツ、だけかん
ば、ななかまど等が広がり、右手には牛首山が居坐っています。
 この広場を下り、林の中に導かれて行くと、小さなガレ場に出ま
す。

 二度三度、藪とガレ場を交互に下ってゆくと、やや開けた貧乏沢
に出ます。水は殆どありません。
  (※この沢を登りに利用する場合の目印は、大きなはちまき石を越
   えてから、林の中へ入ること)
 はちまき石を踏んで沢を下ってゆくと、途中、わずかながら水が
涌き出ている所もありますが、すぐに覆水となってしまいます。
 しばらく下ると、沢をふさぐような大きな岩が居すわっています
が、そこは何なく通りぬけられます。
 すぐ下は、左手上部からのガラ場と合流して、一段と沢が広くな
ります。
  (※登りの場合はこの沢に入り込まない様、特に注意して下さい。
   この沢は中央部が赤茶けた浮石の連続で、急勾配でもあり、危険
   が伴います。また、右手、草つきも滑り易くなっています。なお、
   左手、林の中には誤って付けられた色あせた赤いナイロンテープ
   が、数カ所残っておりますので、迷い込まない事)
 広くなった石畳を鼻歌まじりに下ってゆくと、右手に牛首山から
流れ落ちる滝が現われます。ここは水量も豊富で、冷たい水で咽を
うるおし、一息入れましょう。

 あとは、この川筋をそのまま下るだけです。
 この沢は下り二時間、登り四時間位のものです。
 天上沢との出合いにはケルンが積まれてありますが、増水時や冬
期には流されてしまうかも知れません。
 この沢は「貧乏沢」と呼ばれ、山小屋等でも、「この沢に入ると
貧乏になる」、「危険である」として、沢に入る事を極力控えさせて
いる様です。
 北鎌沢−北鎌尾根に入る大切なルートなのに、何とも可哀想な呼
び名ではないでしょうか。
 そこで、私はこの沢の呼び名の改名を提案致します。
 この際ですから取りあえず、私の名前を提供しても良いと思って
おります。「トシコ沢」なんて言うのはいかがでしょうか。
 北鎌への新ルートとして、是非、この沢を利用する事をおすすめ
しまう。                    <会社役員>
                (昭和六十三年九月二十五日)