わが北鎌尾根、剱岳よ おちこちの山   楽山社

おちこちの山

南アルプス

    白峰三山縦走
                         相田 浩


 八月下旬の剱岳・長治郎雪渓登攀の帰りの列車の中で、こんどの
南アルプス北岳を中心とする白峰三山登山の話が決まった。剱岳登 
山が、折柄の台風の襲来で、予定の後半のコースを変更せざるを得
なかった。そのため、山歩きの十分な満足感を味わえなかったから
だ。
 メンバーは、坪山さん、篠宮さん、伊藤さん(坪山夫人)、坪山さ
んの会社の川澄さんと私。川澄さんは少年時代にボーイスカウトを
やっていた青年。本格的な山登りは今回が初めてという。
 私にとっては南アルプスは初体験。日本第二の高峰北岳へはかね
て登ってみたいと思っていた。
 「キタダケソウの花が咲く初夏のころに登りなさい」とある山のベ
テランからアドバイスを受けたこともある。かつて浩宮さまが北岳
へ登ったというニュースを耳にした。今年は共産党の不破委員長が
北岳に登ったことを新聞で知った。

 そんなこともあって、北岳登山を少し甘く見ていた。やはり富士
山に次ぐ日本第二の高山である。標高は三千百九十二・四メートル。
 九月十五日(金)は敬老の日で祝日。新宿発0時一分の鈍行で甲
府へ。約三時間の乗車。中途半端な時間なので、寝るわけにもいか
ず、車中を酒を飲みながら雑談。
 甲府駅に着くと、三連休を利用した登山客で、北岳登山の基地、
広河原へ行くバスは満員で乗り切れない。タクシーを拾った。南ア
ルプスはスーパー林道が出来たおかげで、アクセスが非常に容易に
なった。
 広河原から、すぐ目の前に、北岳が望まれる。
「ナーンダ、これが日本第二の高山か。」いささか期待外れ。
 大樺沢を経て北岳へ。途中の雪渓は今年は雪が多いとか、約一
キロメートル、アイゼンを付けて最後まで登る。右手に北岳バット
レスの大岸壁が次第に目の前に迫ってくる。
 八本歯のコルへの最後のつめは、ハシゴの連続で、かなり汗をか
いた。

 北岳頂上は後回しにして、ひとまず北岳山荘へ。北岳山荘は、定
員二百人のところ、この日は三百数十人が宿泊したという。一枚の
布団に二人、あるいは三人が一緒に寝るという大混雑ぶり。夕食前
に北岳山頂へ。頂上はガスで展望はまったくきかない。
 九月十六日(土)は、北岳山荘から日の出を見て、間の岳へ向か
う。間の岳、西農鳥岳、農鳥岳と、三千メートルの高峰を三つ縦走
する。富士山の勇姿を眺めながらの尾根歩きは、多少の登り下りは
あるものの、快適。南アルプスの山容がほぼ理解できる。
 今夜の宿、大門沢小屋を目指して急な山腹の道を下る。急降下な
ので、足がかなり疲れる。ようやく、大門沢小屋に到着。やれやれ、
小屋の主人が受け付けをしているが、どうやら酒気をおびているら
しい。奥さんが夕方に奈良田から上がってくるのを待っているとか
で、食事の準備はまだできていない。
 そうこうしているうちに、宿泊客が次から次へと押しかけ、相当
な混乱状態。来るはずの奥さんがなかなか到着しない。たまりかね
た宿泊客の女性有志数人が食事の準備を始める。わがグループから
も伊藤さんが参加。予定の時間を相当オーバーして夕食が始まった。  

 おかずは、フナ(?)の甘露煮、高野豆腐など保存のきくありあ
わせのもの。野草のてんぷらくらい欲しいところ。翌日の朝食づく
りも宿泊客の女性有志が手伝った。
 予期せぬ登山客の大量投宿に、小屋の主人夫婦は面喰らったよう
だ。この大門沢小屋は、数年前に浩宮さまも訪れていた。
 九月十七日(日)。最終日。大門沢小屋から奈良田まで沢沿いに
下る。朝もやの中をただひたすら下る。いくつかの吊橋を渡ると、
奈良田は近い。バス停近くの温泉へ、わずかの時間ザブン。慌てて
バス停へ。バスは既に乗車が始まっていた。先に到着していた伊藤
さん、ほかの四人のザックを一人で車中に担ぎ上げて、みんなの座
席を確保してくれた。感謝。
 今回はかなり歩いたので、足が疲れた。翌日一日中は、階段の昇
り降りが苦痛。しかし、久しぶりの心地よい疲労に、南アルプス山
行の旅情が重なる。来年もまた、南アルプスのどこかの山を歩いて
いるかもしれない。